シネマな人々 第参回


s-4 合宿三日前 買い出すもの達
(天子が買出しメモを片手に歩いている。その後ろを要がついていっている。要は少し興奮気味で、しきりに天子に話しかけている。天子は淡々と答えている。)
「天子先輩、天子先輩、昨日はすごかったですね。」
天子 「うん?」
「達也監督のキャスティングですよ。」
天子 「ああ、そのこと。まあ順当でしょ。」
「えっ、そうですか僕は意外だったなー。だって、朱美ですよ。あのいつもポーっとしてて、とらえどころが無くって、悠多と一、二を争うぼんやり系の。今度の主役の娘とまるっきり正反対の性格じゃないですか。おとなしい方はまんまですけど、第二の人格の活発なほうは出来るかな。僕はミスキャストとしか思えないんですよね。」
天子 「性格でやるものじゃないでしょ役者は。」
「えっ?」
天子 「役と役者は別もの。」
「?」
天子 「役の性格とあった人だけしか配役できなかったら、殺人鬼役は刑務所から引っ張ってこなくちゃならなくなるわね。」
「…そうですけど。今年入ったばっかりの素人じゃないですか。」
天子 「…知らないか。」
「何をですか?」
天子 「あの娘、高校時代に演劇のコンクールで、主演で全国大会まで行ってるのよ。多分演技に関しては、うちの部で一番すごいキャリアを持ってるんじゃないの。なんでうちに入ったかは知らないけど。」
「へーそうだったんですか。人は見かけによらないって本当ですね。」
天子 「ま、そういうことね。…それよりも、ちんたら歩いてたら、いつまでたっても買出しが進まないんだけど。」
「あっ、すいません。」
(要、遅れていた距離を早足で詰める。不意に天子が立ち止まる。ぶつかりそうになる要。)
天子 「千裕。」
千裕 「天子、と要君。何、買出し。」
天子 「うんそう。千裕は。」
千裕 「宿の確認をね。直前の予約だったけど、まあ時期が時期だから、大丈夫だったよ。」
天子 「例年のことだけど、大変だね。」
千裕 「去年よりはましだからいいけどね。」
天子 「そうだね、去年のこの時期はまだ、合宿の場所さえも決まって無かったもんね。」
千裕 「ほんと。あの時は困ったね。」
「先輩、…困ったではすまないんじゃ。」
千裕 「そうなのよね。原弘君がなかなかシナリオの案を思いつかなくて。最後の手段で、ドキュメンタリー映画でも撮ろうかと話していたんだよね。」
「そっちのほうが大変じゃないんですか?」
天子 「そお?『実録、シナリオをあげない作家と編集陣の仁義なき戦い 映研部員の熱い二週間』っていうタイトルだったんだけど。」
「…自虐ネタですか。」
千・天 「そっ。」
(千裕と天子笑い出す。いまいちついて行けない要はひきつった笑いを浮かべている。千裕の携帯が鳴り出す。笑いながら携帯をとり出す千裕。着信の名前をみて表情が険しくなる。その様子を察して、天子も笑うのをやめる。)
天子 「それじゃあ、千裕、買出しまだ残っているから私達もう行くね。」
千裕 「…うん、じゃあまたね。」
(天子、早足で歩き出す。要、千裕に軽く頭を下げて天子の後を追う。千裕、携帯をとって話し始める。表情はどことなく暗い。要、天子と千裕を交互に見る。)
「千裕先輩どうしたんですかね。なんか辛そうでしたけど。」
天子 「あなたには関係ないことよ。」
「…」
(天子無言で歩いていく。表情は暗い。要、天子の後ろをついていく。)


s-5 合宿二日前 女三人寄れば…
(公園でハルカ、華恵が台本の読み合わせをしている。そしてちょうど藍がジュースを買ってきたところで一休憩を入れる。そこから会話オン。)
ハルカ 「ふー。喉からから。」
華恵 「私も。」
「はい、ハルカさんはオレンジジュースで、華恵さんはりんごジュースでしたね。」
(藍、ジュースを差し出す。果物系のジュース。藍だけコーラ。)
ハル・華 「ありがとう。」
(三人、缶を開け一口飲む。満足そうな表情。)
ハルカ 「うー、私もコーラ飲みたい。」
華恵 「ハルカ、コーラ好きだもんね。」
「あっ、私のあげましょうか。」
ハルカ 「うんん、いい。役者は声が命だから、炭酸とカフェインは当分の間絶つの。」
華恵 「喉が荒れちゃうからね。」
「へーそうなんですか。」
ハルカ 「そうなの。…と言っても気休めだけどね。昨日今日絶っただけじゃ、あんまりね。」
「でも、すごいですよ。何かを絶ってまで、映画に賭けてるって。あんなに部会の時怒っていたのに。」
ハルカ 「うんまあ、いまでも納得いかないけど。それで恥をかくのは、あいつのほうだからね。私は私で、文句を言われない演技をして見せるだけだから。」
華恵 「それに、原弘君のシナリオだもんね。」
「?」
ハルカ 「あ、いや、監督はむかつくけど、原弘のシナリオは面白いからやる気も出るってこと。」
(取り乱すハルカ、したり顔の華恵、よく飲み込めていない藍。)
「そうですよね。このシナリオ、2日で書き上げたとは思えないほど完成度が高いですよね。」
ハルカ 「うん、そ、そう、そう特に最後の主人公の独白の『彼女は消えた。夏の夜の夢のように。でも彼女が僕にくれた恋心は、夢とは違う。…それだけが僕に彼女のいた夏の日を真実と感じさせてくれた』なんて、なんか切なくなってくるよね。」
華恵 「うん、でも私としては、中盤に治療が進む中で、避けられない破局を感じつつもふたりがだんだんと惹かれあうところが、胸が締め付けられたな。…藍ちゃんは。」
「私ですか…私は、初めて主人公が彼女に告白するところですね。ふたりきりの海岸で、並んで座っていたふたりに不意に訪れた沈黙、そして主人公が一言『好きだ。』と呟く。」
華恵 「ふーん…もしかして藍ちゃんそう言われたい人がいるとかとか。」
「そそそそそんな人いないですよ。」
華恵 「その動揺、怪しいなー。」
「そそそんなこと無いですよ。それなら華恵さんはどうなんですか。いないんですか。」
華恵 「私はいないね。」
「ほんとですかぁ。」
ハルカ 「いや、これがホントのことなんだよね。信じられないけどね。」
「そうなんですか。信じられないなー。」
華恵 「昔付き合ったことはあるけどね。でも、いまいち人を好きになるってわからなくって、すぐに別れちゃった。」
「…私には、よくわからないです。」
華恵 「ま、『好き』は人それぞれだからね。それでいいんじゃない。ハルカもね。」
ハルカ 「な何いってるの華恵。」
「ハルカさんも、誰か好きな人いるんですか。」
華恵 「あなたもいいかげん鈍感ねー。原弘君よ。原弘君。」
「えーそうだったんですか。だって、いつも悪口ばかり言ってたし、けんかばかりしていたじゃないですか。」
華恵 「いや、あそこまであからさまだとかえってわかるでしょ。好きな子をいじめたくなる、小学生の恋愛表現よ。それによく思い出してみてよ、確かに会う度ケンカしてたけど、特に言い争っていたのは一緒にいた、広二君とでしょ。」
「…確かに。…ふーんーそうだったんですか。」
(ハルカ、表面上平静を取り繕っている。)
ハルカ 「はいはい、休憩は終わり。読み合わせするよ。」
(華恵、しかたないな、といった顔つきでハルカを見る。そして、台本を取る。)
華恵 「じゃ、どこから始める。」