シネマな人々 第六回



s-8 >合宿二日目 撮影開始
 

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(朱美〈ワカバ〉、防波堤に座っている。そこに、康煕〈涼〉が歩き、もしくは自転車で近付いてくる。)
「そんなとこで何してるの。」
ワカバ 「海見てるに決まってるでしょ。…ナンパ?」
「はっ?……そんなんじゃねーよ。」
(怒って、涼、走り去る。)
達也 「カット。」
原弘 「監督、OK?」
(うなずく達也)
原弘 「じゃあ次のシーン行きます。衣装換えお願いします。」
(達也と広二、次のシーンのカメラワークを打ち合わせている。康煕、朱美は衣装の換えに戻る。天子も手伝いに戻る。藍、記録をとっている。原弘、華恵と要に次のシーンの説明をしている。秋生〈音声〉と藍はおしゃべりしている。千裕はレフ板を下ろしその様子を見ている。ハルカはいない。戻ってくる三人。それを確認する原弘。)
原弘 「それじゃあ、S−6行きます。準備してください。」
(ばらばらの部員、撮影のために集まる。)



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(遠景で、海辺で撮影している様子。監督がカットと言う。原弘、監督と話している。頷いている原弘。原弘アップ。)
原弘 「はいお疲れ様でしたー。休憩です。次の撮影は4時からなんで、それまでには宿に戻ってきてください。」
みんな 「はーい。」
(思い思いに解散する部員。千裕に携帯がかかってくる。それをとる千裕の表情は暗い。)
千裕 「もうかけないでって言いましたよね…えっ来てる。そんな、急に言われても、…いや今は休憩だから大丈夫ですけど…はい、わかりました…」
(朱美、その横をすり抜けて康煕のところへ。)
朱美 「コーキ、一緒にお昼しよ。」
(康煕、それに気付かずに、要のほうへ行く。)
康煕 「要、片付け手伝うよ。」
「うん、レフ板お願い。」
(康煕、レフ板を持って宿に向かう。残された朱美、その場に立ち尽くしている。その様子を秋生が見ている。)



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(要と康煕が荷物を持って歩いている。)
「なあ、いいの?」
康煕 「何が。」
「朱美ちゃんだよ。」
康煕 「ああ。」
(康煕立ち止まる。振り返る要。)
「どうしたの。」
康煕 「…なあ、あいつの演技凄かったろ。
「うん?ああ…凄かった。まさか、あそこまで化ける、言い方悪いけど化けるとは思わなかった。普段あんなにボーっとしてるのに、カチンコなったらガラッと人が変わって、うん…ちょっとオーバーリアクションで演劇っぽかったけど…ああ、そういうこと。まだ吹っ切れてないの。」
康煕 「それどころか、あの演技と比べられてさらに自己嫌悪だよ。」
「難儀な奴だね。」
(再び歩き出だそうとした康煕、後ろから秋生にどつかれて、こける。秋生、仁王立ちで康煕の前に立つ。)
秋生 「この、甲斐性なし!」
康煕 「いてーな、いきなり何するんだよ。」
秋生 「うるさいうるさいうるさい。」
(秋生、こけた康煕をめった蹴りにする。慌ててとめる要。しかし、暴れつづける秋生。康煕、こけた時にちょっと顔を擦り血が出ている。)
「秋、やめな。」
秋生 「いんや、やめない。こんなバカは口で言ってもわからないんだ。そんな奴はたたいてもわからない。だから止めない。」
「訳わかんないよ。」
秋生 「わけ?訳は簡単、私がむかついているからだわ。それ以外に理由なんて必要ない。」
「余計わかんない。」
秋生 「ええい離せ、この色ボケ年増趣味。」
「なっ、何言ってんだよ。この暴力男女。コーキ、俺、秋の頭冷やして来るから、荷物頼む。」
(要、秋生を引きずってもと来た方へ。)
秋生 「何すんの、離せ、あたしはまだやり足りないんだから。」
「これ以上やったらやばいって。」
秋生 「やばくない。やばいのはあいつの頭ん中だ。あんな良い娘を自分のエゴだけで苦しめてるんだ、死んだほうが、まだましだ。あっちゃんは、あっちゃんは、あんたのために散々悩んでんだぞ、何か悪いことをしたんじゃないか、他に好きな人ができたんじゃないかとか。それがなんだ、結局あんたは自分に自信が持てなくて、ひがんでただけの事じゃないか。何でそこで排除しようとするんだ。好きなら一緒に大きくなっていこうとすればいいだろう。あっちゃんが眩しいからって、あっちゃんを苦しませるな。それができないあんたなんか生きてる価値が無いんだ。」
「…過激なこと言ってるな。いいから行くよ。」
秋生 「やめれ。離せ。この変態野郎。」
(要、秋生を連れて、海の方へ行く。康煕立ち上がろうとする。ふと目の前に人が立っているのが目に止まる。顔をあげると、そこには朱美が立っている。)
康煕 「朱美…ゴメン、俺、俺。」
(朱美、何も言わずにハンカチを取り出し、しゃがんで康煕の血をぬぐう。)
康煕 「朱美、ゴメン…ゴメン。」
(康煕、うつむく。)
朱美 「コーキ、私のこと好き。」
康煕 「好きだ。大好きだ。お前が一番好きなんだ。」
(うつむいた康煕は数滴の雫が、地面に落ちるのを見る。顔をあげる康煕。笑顔で涙を流している朱美。)
朱美 「よかった。…よかった。」
康煕 「ごめん、ごめん。」



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(海沿いの道で秋生を引きずっている要。まだ暴れている秋生。)
秋生 「放せ放せ放せ。」
「ここら辺でいいかな。」
(要、秋生を放す。秋生勢い余って転がる。)
秋生 「放すなら放すと言ってからにしろ。」
「放すにしろ放さないにしろ、どっちにしてもうるさい奴だなまったく。」
(秋生、怒っているが、不意に何かを発見して、表情が好奇に変わる。)
秋生 「しっ、黙って。」
(秋生、要の口を手でふさぐ。秋生の視線の先にはキスをしている男女。キスが終わって、顔を放すと女は千裕だった。男は知らない人。)
「…千裕先輩…隣にいるの誰だろう、どっかで見たことがあるような。」
秋生 「たしか、客員の講師。前期、般教でとった。でも確か、結婚指輪をしていたような。」
「ふーん…えっ!てことは、不倫!」
秋生 「ばか、声が大きい。」
(秋生、要の首をしめる。要、秋生の絞めている腕をたたく。千裕と男、二人と反対方向へ歩いていく。)
秋生 「気付かれなかったみたいね。…何寝てんの?」
(秋生に首を絞められ、要ぐったりとなっている。秋生が手を放すと要崩れ落ちる。苦しそうに咳をする要。)
「げほっ、げほっ、何するんだよ死ぬかと思った。」
秋生 「さっきのお返し。」
「お返しも何も、今の下手したら死んでたぞ。」
秋生 「この程度で命の危険を感じるなんて、あんたもしかして虚弱体質?」
「虚弱体質?とかの問題じゃないだろ。…(ため息)お前と話してると疲れる。」
秋生 「何、人を変人みたいに言ってんの。色ボケ年増趣味の変態野郎に言われたくはないわ。」
「また言った。なんだよそれ。」
秋生 「皆知ってるって、あんたが天子先輩のこと好きなの。」
「なぁ、何でそれを…」
秋生 「あそこまであからさまで、わからないほうがおかしいでしょ。あんたちょっと足りない?」
(要怒って、秋生をおいて歩き出す。)
秋生 「何、逃げるの。ちょっと待ちなさいよ。」
(秋生、要の後を追って歩き出す。)