シネマな人々 第七回



s-9 >合宿三日目 制作怪調
 

9-a>
(海のそば、モニターを皆で覗き込んでいる。達也ちょっと渋い顔。)
達也 「駄目だな。」
広二 「どこが、悪くないだろ。構図もいいし、ちゃんと被写体もセンターに入ってるし。」
達也 「コンテと違う。」
広二 「そうだけど、俺はこっちのほうがいいと思う。あれちょっと平凡だったし。」
達也 「勝手に変えるな。こっちは、ちゃんと計算してコンテをきっている。」
広二 「計算。計算だけじゃ芸術はできないよ。いい画が撮れそうなら、臨機応変に対応するべきだ。」
達也 「それもそうだが、駄目だ。」
広二 「何だよそれ!」
(広二、急に立ち上がり、どっかに行く。おたおたするスタッフ。何か間違えたことを言ったか、という感じの達也。困ったわねという顔の天子と千裕。)
千裕 「どうしようか。」
原弘 「ちょっと、スケジュール押してます。」
千裕 「うーん。」
天子 「原弘がカメラ持って、取りあえず撮っとく、ってのは。」
千裕 「それいいかもね。」
達也 「断る。」
(三人、達也を見る。)
達也 「俺はあいつのカメラでなければ、この映画は撮らんよ。むしろもっと遅くなる。」
(やれやれといった感じの三人。)
原弘 「監督がああいうんじゃ、しょうがないですよ。(みんなのに対して)休憩はいりまーす。再開は携帯で伝えるからあまり遠くに行かないようにお願いします。」
(それぞればらばらに解散する。藍は広二の行ったほうへ、ハルカ、華恵と、千裕は天子、要と、秋生は朱美、康煕と、それぞれ適当に散る。原弘はしばらくそこに残っているが、達也が動かないのを見ると諦めて他の場所に行く。達也だけその場に残っている。)



9-b>
(ハルカ、華恵が自販機の前でだべっている。手にはジュースを持っている。ハルカ不満たらたらで愚痴っている。)
ハルカ 「まったくあいつは何様のつもり、『断る。俺はあいつのカメラでなければ、この映画は撮らんよ。』なんてさ。」
華恵 「落ち着きなよハルカ。しょうがないでしょあんな人たちだもの。去年も嫌と言うほど経験したでしょ。」
ハルカ 「そうだけど、でも、だから怒ってるんじゃない。
(憤まんやるかたないといった様子のハルカ。一気にジュースをあおる。)
ハルカ 「あれ?そういえば藍ちゃんは。」
華恵 「多分もう一人の何様のほうじゃない。」
ハルカ 「ああ、そういうことね。」
華恵 「そ、そういうこと。」
ハ、華 「青春だねー。」
(言った後、二人で笑い出す。ハルカふと何かを思いつく。)
ハルカ 「さってと、私ちょっと散歩してくる。」
華恵 「私も行くよ。」
ハルカ 「い、いや、いいよ。ちょっと一人で歩いてみたいんだ。」
華恵 「そう。わかった。じゃあ後でね。」
ハルカ 「うんじゃあ。」
(ハルカ、歩き出す。その後ろ姿を微笑んで見ている、華恵。ちょっと懐かしげに、)
華恵 「青春だねー。」



9-c>
(海の見えるところで、木陰の下に寝転がってコンテを見ている広二。表情は渋い。)
「広二先輩。」
広二 「ん?悠多さん。撮影は?」
「一時休憩だそうです。」
広二 「そう。迷惑かけちゃったね。」
「い、いえそんなこと無いです。」
(しばらく無言の二人。波の音。)
「あ、あの。」
(広二相変わらずコンテを見ている。顔をあげる。)
広二 「何?」
「いえ、なんでもないです。」
広二 「?…」
(藍、うつむく。)
広二 「悠多さん、俺の…どう思う。」
(藍、がばっと顔をあげて広二を見る。)
「す、好きです。とってもとっても大好きです。」
(広二、突然の藍の行動にびびる。藍、やったという顔で広二を見ている。)
広二 「そ、そう、ありがとう。うん、俺もいいと思う。やっぱりあの構図のほうがあのシーンは印象的だと思うんだ。でも、達也は駄目だといった。」
(藍、勘違いしたことに気付き、再びうなだれる。広二それに、気付かない。)
広二 「達也は頑固だけど、話のわからない奴じゃない。じゃあ何で。」
(藍、顔をあげ考えている広二を見る。)
「あの、私心なんですけど。私、シナリオを読んだとき、次のシーンが好きだったんです。正直な話さっきのシーンはあんまり印象に残ってなくて、あ、でも、さっきの映像見てたら、さっきのシーンもいいなあとも思ったんですけど、でもやっぱり次のシーンのほうが好きで、ああ、うん何って言えばいいんだろ。」
(広二、何かに気づく)
広二 「そういうことか。」
「?」
広二 「このシーンのコンテがえらく平凡だったから、なぜなんだろうと思ってたんだ。そういうことだったのか。」
「え?」
広二 「達也は次の告白のシーンをより印象的にするためにあえて、抑えた演出をしたんだよ。そうだそうだ。あっ、でも、だったらこうしたほうがいいんじゃない。」
(広二、ペンを取り出し。コンテに書き出す。その様子をじっと見ている藍。最初落胆した表情だったが、じきに穏やかな表情になる。)



9-d>
(木陰の下、座っている原弘、目はうつろにあたりを見ている。)
ハルカ 「原弘。」
(驚いて飛びすさる原弘。)
原弘 「矢田…さん。どうしたの。」
ハルカ 「何その反応は?隣座ってもいい?」
原弘 「うん、ああ、どうぞ。」
(原弘ちょっと横により席を開ける。その結果、原弘の身体半分が日向に出る。)
ハルカ 「暑いねえ。」
原弘 「うん、そうだね。」
ハルカ 「ほんと暑い。」
(しばらく無言の二人)
原弘 「…で、何か用?」
ハルカ 「え、あ、や、特に用っていう訳じゃないんだけど。一人で散歩してて疲れたから。」
原弘 「あ、そう。」
(無言の時間。)
ハルカ 「ね、ねえ好きな娘いる?」
原弘 「唐突な質問だな。」
ハルカ 「別にいいでしょ。で、いるのいないの?」
原弘 「まぁ、いない…って言うのともちょっと違うかな。」
ハルカ 「それってどういうこと。」
原弘 (独白調で)好きなのかな、その相手のこと。…好意と愛がよくわからないから踏み出せないのか。」
ハルカ 「?」
原弘 「映画やるのが楽しいから、今付き合いたい人はいないってのは確かだね。」
ハルカ 「そう…なんだ。」
(落胆のハルカ。その様子を面白そうに見ている原弘。)
原弘 「まあ、矢田さんは、嫌いじゃないよ。」
(喜びのハルカ。でも、うれしいことを隠すように言う)
ハルカ 「な、何よ急に…まぁ礼だけはいっとくわよ。ありがとう…あ、原弘のど渇いてない、私ジュース買ってきてあげるよ。」
(ハルカ、立ち上がり手を原弘に差し出す。訳がわからない原弘。)
原弘 「何?」
(不機嫌そうな顔のハルカ。)
ハルカ 「買ってきてあげるんだから、お金ぐらいは出してよ。」
原弘 「…はいはい。」
(原弘、ポケットから小銭を取り出し、ハルカに渡す。)
ハルカ 「じゃあ行って来るね。」
(走っていくハルカ。その後ろ姿を面白そうに見ている原弘。)
華恵 「あんまり、うちのハルカで遊ばないでもらえる原弘。」
(振り向く原弘、華恵が立っている。)
原弘 「華恵…立ち聞き?」
華恵 「偶然にっ、て言うのは嘘だけど…尾けてきたわけじゃないわよ。原弘、ぼんやりするの好きだったから、ここら辺に居るかなと思って。」
原弘 「憶えてたんだ。」
華恵 「まあ今のところ私が付き合った唯一の男だしね。」
(原弘の横に華恵座る。)
原弘 「そして俺が唯一付き合って、そして振られた女だ。」
華恵 「でも、私が言わなければ、あなたが言ったんじゃないの。」
原弘 「かもね。俺も華恵と一緒にすごすより、皆と映画を撮ってるほうが楽しかったし。」
華恵 「あのころは若かったからね。恋に恋して、付き合って。」
原弘 「若かったで済ませるなよ。たった三年前だろ、なんだか空しくなる。」
華恵 「でも、ほんとのことでしょ。まだ好きだけで始められた時代だったね。」
原弘 「…そうだな。…そういえば、お母さん元気にしてる?」
華恵 「うんん、最近疲れてるみたい。来年カズ達もがっこに上がるんで仕事増やしてるから。」
原弘 「そうなんだ…カズ達は元気?」
華恵 「元気、元気。こないだも誰にも言わないで隣町まで歩いて行ってて、誘拐されたんじゃないかって、大騒ぎだったんだ。」
原弘 「なんでまた。」
華恵 「それがさぁ…」
(ちょっと遠くから、二人の様子を見ているハルカ。二人が仲良く話している様子に、戸惑い逡巡するが、意を決して二人のところに向かう。)
ハルカ 「お待たせー。あれ、華恵も来たんだ。」
華恵 「うん、ぶらぶらしてたら偶然ね。」
ハルカ 「そうなんだ。…そうだ、はい、華恵、ジュース。」
(ハルカ、持っていたジュースを華恵に差し出す。)
原弘 「ちょっと待て、それは俺の金で買ってきたものだろ。なんで、か、佐渡谷さんに渡すんだ。」
ハルカ 「いいじゃない。レディーファースト。」
華恵 「そうそう、レディーファーストよ原弘君。」
原弘 「レディーファーストってそういう意味じゃない…」
(原弘の携帯が鳴る。渋々携帯をとる原弘。)
原弘 「うん、はい、はい、わかった。あとはこっちで他の人に回すからそこで待ってて。」
華恵 「どうしたの原弘君。」
原弘 「広二と達也の折り合いがついたって。撮影再開だから二人ともさっきのところに戻って。」
ハルカ 「やっとか。」
華恵 「じゃ戻る?」
原弘 「二人とも先に戻ってて。俺ちょっと機材とって来るから。」
華恵 「わかった。」
(二手に分かれる。一瞬後ろを振り向くハルカ。原弘はわき目も振らず駆けていく。)
華恵 「ハルカ何してんの早く行こ。」
ハルカ 「あ、うん。」
(ハルカ、原弘を気にしながらも走り出す。)