シネマな人々 第八回



s-10 >合宿四日目 まいていこー
 

10-a>
(朝、宿の前、もしくは駅。ハルカと華恵がいる。)
華恵 「ハルカ、もういいよ。撮影あるでしょ。」
ハルカ 「うん…」
華恵 「悪いね、途中で抜けることになって。」
ハルカ 「気にしないでいいよ。」
(迷っているハルカ。)
ハルカ 「……ねえ、華恵。」
華恵 「ん?」
ハルカ 「原ひ…うんん、なんでもない。」
(まったくもうといった表情の華恵、一瞬後、表情を引き締めてハルカに言う。)
華恵 「ハルカ。私と原弘は何もないの、何もなかったの。高校の時付き合って、そして私が振ったの。それだけ。でもそれは、嫌いになったとかそういうことじゃなくて、私は愛って何かわからなくて、それに、原弘も付き合うより楽しいことがあって、でも周りの雰囲気に流されて付き合いだして……もう何言ってんだろ私は。とにかくね、私と原弘の関係は過去のものなの。ハルカが気にすることじゃないんだよ。」
ハルカ 「…そう…なの?」
華恵 「そう。原弘はまだ、映画より楽しいものを見つけてないけど、あとは、ハルカ次第なんだよ。ハルカが動かなきゃ何も始まらないんだよ。」
ハルカ 「…」
(華恵の携帯が鳴る。華恵、携帯を取る。)
華恵 「和?うん、これから電車乗るから、母さんしっかり見てるんだよ。…うん…うん、じゃあね。」
(華恵、ハルカのほうを向く。)
華恵 「そろそろ時間だから行くね。」
ハルカ 「…うん。」
華恵 「じゃあね。」
(華恵、駅に向かう。ハルカ、しばらく悩んで、華恵に言う。)
ハルカ 「……華恵。あたしがんばるから。」
(華恵振り向かず、手だけ上げる。)



10-b>
(見詰め合う涼とワカバ。)
達也 (off)カット。(on)次のシーン行くぞ。」
(達也以外の部員、えーって言う顔。)
原弘 「ちょっと待ってよ達也。そろそろ休憩入れないか。」
達也 「なぜ?予定より大分遅れているが。」
原弘 「遅れてるのはわかるけど、これ以上根詰めてやっても、NGが増えて効率が悪いよ。とりあえず一度休憩を入れて、再開したほうがいいと思うんだけど。」
(不服そうな達也。周りを見渡すと疲れている面々。)
達也 「…わかった。30分休憩をとる。その後は休みなしで行く。」
(全員が安堵の表情。それぞれにばらばらと散開する。)



10-c>
(康煕と朱美が並んで座っている。要が走ってくる。)
「要、どうしたんだ、何かあったんか。」
(要立ち止まり、二人を見る。)
「うん、いや、別に何もないけど。…仲直りしたんだ。」
康煕 「まあね。なー。」
朱美 「ねー。」
(康煕と朱美お互いの顔を見る。オアツイことでって感じの要。)
「はいはい……ねぇところで天子先輩どこ言ったか知らない?」
朱美 「天子先輩?」
康煕 「ははん…」
朱美 「何?」
「コーキ!」
康煕 「こいつな、天子先輩が好きなんだよ。…って朱美知らなかったのか?」
広二 「へーそーなのー?」
「何言ってんだよ。ちょっと、用事があって探してるだけだよ。」
康煕 「…(ちょっと考えて)告白か。」
(要、図星を突かれてキレル。)
「な、な…もういいよ、じゃあね。」
(要、走り出す。その背中に朱美声をかける。)
朱美 「要ちゃん!天子先輩忘れ物をしたとかで、部長と宿に戻ってったよ。」
(要、立ち止まって振り返る。はにかむ要。朱美に手を振る。)
「わかった。ありがとう。」
(走り去っていく要。)



10-d>
(一人でいる原弘。ハルカは遠くからそれを見ている。意を決して一歩踏み出すハルカ。しかし、向こうから藍がやってきて。原弘に話し掛ける。)
「原弘先輩。すいません、役のことで聞きたいことがあるんですけど、ちょっといいですか。」
(ハルカ、オノレーと言いたげな表情を一瞬する。しかし、すぐに哀しそうな表情になり、その場から立ち去る。)



10-e>
(天子、8−aと同じ構図で防波堤のところに座っている。
傍らにはクーラーボックスがある。そして同じ様に要がやってくる。)
「天子先輩。」
(振り返った天子、目には少し涙が浮かんでいる。)
天子 「うん?要。どした、何かあった?」
「先輩こそ…どうしたんですか。」
天子 「別に、なんでもない。」
(天子、涙を拭わない。天子、海を見る。ぽつりと呟く)
天子 「…全くめんどくさい恋愛してる人が多すぎるよ。」
「千裕先輩のことですか。」
天子 「なんで?」
「…不倫…してるんですか」
(天子、険しい表情で振り返る。要をにらみつける。)
「…おととい見かけたんです…」
天子 「あの馬鹿…何が分からないようにやるだ。…要、このことは…」
「…わかってます。俺、秋生みたいに口、軽くないですから。」
天子 「あの娘と比べたらみんな固いと思うけど…うん、信じるよ。」
(天子、クーラーボックスから、ジュースを二つ取り出し、一つを要に渡す。)
天子 「はい、口止め料。」
「俺、ホントにしゃべらないですよ。」
天子 「わかってる。冗談。…ひとりだけで飲んでても味気ないから。」
(天子、ジュースをあおる。再び、海を見る天子。要その後ろで立ちつくしている。しばらくそれを見て意を決して、)
「俺、先輩のこと好きです。」
(天子、驚くことも無く、きたかと言う表情で聞いている。)
天子 「それで。」
「えっ、いや、だから…その…つきあって欲し」
天子 「パス。」
(天子、要も見ずに即答。要、一瞬絶句する。)
「…そう、ですか。」
(天子、要を見る。要うなだれている。)
天子 「まぁ、要はいいやつなんだから。もっといい娘さがしな。わたしなんて好きになってもいいことないよ。」
「嫌です。俺は天子先輩が好きなんです。ほかの誰でもないんです。」
天子 「どこが?」
「どこが…といわれると困っちゃうんですけど。あえて言うなら、天子先輩のすべてが好きです。」
天子 「簡単に言ってくれるね。すべてって何、要はどれだけ私のこと知ってて、そう言うの?」
「それは……」
天子 「…」
「…人を好きになるのに、その人のすべてを知ってなきゃ駄目なんですか。
俺は…俺の知ってる天子先輩のすべてが好きなんです。それに理由はないです。それじゃ駄目なんですか。」
天子 「身勝手ね。」
「恋って、そういうものだと思います。」
天子 「好きなら何でも許されるの?子供みたいなこと言わないで!
…好きだけじゃ、どうにもならないこともある。…好きでも好きでもかなわないことだって!」
(天子、立ち上がり防波堤の上を歩き出す。要、後をついていく。)
「…千裕先輩…ですか?」
天子 「…」
「…やっぱり、そうなんですか…」
天子 「そう…」
(天子、立ち止まり、険しい表情でいう。)
天子 「わたしは千裕が好き…昔から男よりも女の子が気になった…変だと思う、けど…押さえられなかった。」
(天子、要を振り返る。)
天子 「それでも、要はわたしを好き?」
(要、予想はしていたが、はっきりと口に出されて沈黙する。
その要の様子を見てやっぱりという表情をする天子。そこには少し落胆の色が浮かんでいる。)
天子 「気にしなくてもいいよ。そういうものだもの。」
(要、沈黙している。不意に防波堤の下の砂浜から声がする。)
「なーにがっ!」
(秋生、怒りの表情で仁王立ちになって二人を見ている。)
「秋生?!」
(秋生、天子を指さし、まくしたてる。)
秋生 「悲劇のヒロイン気取るのもたいがいにしろ!何がそれでも要はわたしが好き?だ。今時同性愛なんか珍しくも何ともないや。そりゃ、まだ社会の目は厳しいけど。もっと辛い恋愛してる人だってたくさんいるんだ!自分だけが辛いなんて、グチってるあんたのがガキじゃん!」
「秋生!おまえ盗み聞きしてたのか!」
秋生 「うるさい!だまれ!お前も分かってたんだろ、それでも好きだと思ったから、言ったんだろ。だったら最後までそれを貫け!根性なし!好きになった人に、別に好きな人がいればお前の好きは無くなるのか!底の浅い恋愛してんな甘ちゃん!知らないところも含めて好きになる自身がないなら告白なんてするんじゃない!あぁもう、なんだってうちの部の男どもはへたればっかり何だ!」
(秋生、大股でその場から離れていく。
呆気にとられて立ち尽くす二人。秋生がいなくなった後、二人顔を見合わせる。)
「すいません。あいつちょっと最近色々あって、イライラしてて…」
天子 「ふふ、はっきり言う娘だね。悲劇のヒロイン気取るな、か。痛いところをつかれたな。
ごめん。なんか、当たっちゃってたみたいだね。」
「…あの、俺、単純かもしれないけど…
あの、あいつに言われて思ったんです、俺、やっぱり先輩のこと好きです。」
天子 「女の子が好きでも。」
(うなずく要。)
「俺の知ってる天子先輩は最初からそうなんですよね、
ならやっぱり自分が好きになった天子先輩はその天子先輩です。誰が好きでも…」
天子 「誰が好きでも私は私…か。
ありがと、好きって言ってもらえたの、嬉しいよ。でも、やっぱりつきあうかどうかは、ごめん。」
「はい…分かりました。」
天子 「でも、要のこと、少しは好きになったよ。」
「…えっホントですか!」
天子 「でも、それよりも、もっと千裕が好きだけどね。」
「そんなー。」
(天子時計をみる。)
天子 「くさらないの、そろそろ時間だから、戻るよ。」
「はーい。」
(要、渋々撮影場所に向かって歩き出す。天子、その後ろ姿に呟く。)
天子 「ホントあんがとね。」
(要、振り返る)
「え、何か言いました。」
天子 「別に。あ、クーラーボックス拾ってきて。先行くから。」
(走り出す天子。要を追い越す)
「えー。」




10-f>
(夕方の空、海。厳しい表情の達也)
達也 「カット。」
(達也の次の言葉を皆、緊張した面持ちで待っている。達也普通の顔に戻り一言。)
達也 「OKだ。皆お疲れ様。」
(喜ぶもの、やっと終わった安堵に浸るもの、もう次のことについて考えているもの、十人十色な反応をする。)
広二 「終わったー。」
原弘 「まだ、編集が残っているけど。」
広二 「嫌なこと思い出させるなよハラヤん。」
原弘 「編集機使えるのお前だけだからな。」
(ため息をつく広二。)
広二 「どうして、うちの部は機械オンチばっか集まってるんだ。」
(原弘、けらけらと笑いながら、)
原弘 「まあ諦めろ。」
(落胆の広二。藍がやってきて言う。)
「広二先輩、あの、戻ったら、私にも編集機の使い方教えてもらえないですか。」
(喜ぶ広二。)
広二 「教える教える。なんだって教えてあげる。」
原弘 「広二、その言い方ってエロ親父臭いぞ。」
広二 「どこが?」
千裕 「はい、みんな注目。」
(皆、千裕の方を向く。)
千裕 「今日まで皆お疲れ様。一部の人はまだ仕事があるけど、とりあえず今日はクランクアップしたということで、飲み会を計画しているから、大いに騒ぎましょう。」
(歓声が上がる。)
千裕 「飲み会は八時からね。あと二時間ぐらいあるから、それまでは自由時間ということで、解散。」
(ばらばらと宿に向かって歩き出す面々。原弘、動かない。
広二 「ハラヤんどうしたの。宿、戻んないの?」
原弘 「もう少しここにいるよ。なんかいいアイディアが、浮かんできそうなんだ。」
広二 「そうなの?じゃあ俺先戻るわ。」
原弘 「じゃあな。」
(広二宿に向かう。一人夕陽を見て座っている原弘。)



10-g>
(藍と歩いているハルカ。藍、ちょっと多めの荷物、ハルカは紙袋一つ持っている。
ふと振り返ると、広二と原弘が話しているのが微かに聞こえる。話し終わり、広二がこっちに向かってくる。)
「どうしたんですか。」
(再び前に向き直るハルカ。)
ハルカ 「え、別になんでもないよ。あー、ちょっと私忘れ物してきちゃった。取ってくるから、藍ちゃん先に行っててよ。」
「私も行きますよ。」
ハルカ 「いいって。私の忘れ物だし。」
(後ろから広二現われる。)
広二 「藍ちゃん荷物重くない。一つ持つよ。」
「えっ、あ、大丈夫です。」
広二 「いいから、いいから。」
(広二、強引に藍の荷物を持つ。藍、戸惑っている。その隙にハルカ駆け出す。)
「ハルカ先輩。」
ハルカ 「じゃあまた後でね。」
(ハルカ、さっきの場所に戻る。原弘、あーでもないこーでもないといった感じで何かをメモしている。
ハルカ、胸に手を当て、緊張して高まる鼓動を抑えようとする。
目をつぶり一つ大きく深呼吸した後、目を開け原弘に向かって歩き出す。)